
講師:村田 早耶香
NPO法人かものはしプロジェクト 共同代表
1981年 生まれ。東京都出身。
2004年 フェリス女子大学国際交流学部卒業。
2001年 子供の商業的性的搾取に反対する世界会議日本の若者代表にえらばれる。
2002年 在学中にNPOかものはしプロジェクトを発足させ、代表として活動。
2003年 ソーシャルビジネスプランコンテスト STYLE2003 にて最優秀賞受賞。
世界銀行が世界中の若者活動家を招いて開催した
Youft Development and Peace2003に日本から唯一の若者代表として参加。
2004年 かものはしプロジェクトカンボジア事務所設立、子供へのパソコン教室を開始。
同年 NPO法人格を取得し、代表理事に就任。
2005年 日経WOMEN「ウーマン・オブ・ザイヤー リーダーシップ部門」史上最年少受賞。
2006年 日本青年会議所「人間力大賞」参議院議長推薦賞を受賞。
今回はカンボジアの児童労働の現状と、NOP法人かものはしプロジェクトの活動内容について講話していただきました。
「カンボジアの子供を取り巻く状況をご説明したいと思います」
挨拶と共に、講話が始まりました。
○今回はカンボジアという国がどういう国なのか?
○カンボジアの児童労働について
○NPO法人かものはしプロジェクトについて
以上の3点の内容で始まりました。
カンボジアとは?私は19歳の時に現地で状況をしって、20歳の時に一念発起してこの事業を立ち上げております。
カンボジアの児童労働は本当に非道状況です。それを知っていただくために
まずカンボジアの国がどのような国なのか説明します。
カンボジアは東南アジアにあり、周りをタイとベトナムに囲まれています。
人口は1400万人、面積は日本の半分ぐらいです。
世界遺産であるアンコールワットが非常に有名です。
首都のプノンペンなど、都市部ではコンクリートの建物が建っており、バイクで人が行き交っています。一方農村部では高床式の家が立ち並んでいます。都市部と農村では非常に格差がある状況です。
カンボジアはアジアで最も貧しい国にひとつになっています。
ベトナム戦争に巻き込まれる形で始まって20年続いた内戦で1975〜79年までポルポトが政権を握っていました。
彼の政策は原理共産主義を推し進めることで、都市部の優秀な人間をスパイの容疑をかけて虐殺し、自身の保身を図っていました。100〜200万人の人が虐殺されており、特に教師、医師、法律家、踊り子、経営者など、リーダーシップが発揮できる人材が主に殺されていきました。
内戦が終わった現在では、このような優秀な人材がいないために復興が遅れている状況です。
戦争が終わって18年既にたっているにも関わらず、人口の18.7%の人が飢えで死にそうになっている状況があります。一日1ドル以下で生活している人達です。
(一日一ドル以下とは、国連が定めている「人としての尊厳が保てない生活費」です)
児童労働について 私はもともと国際問題に従事する仕事につきたいと思っていました。
フェリス女学院大学で国際交流を勉強する中、地雷、食糧問題などを学んでいましたが、大学2年生の時に児童労働の問題と出会いました。
15歳位の女の子が両親を助けるために都市部に出稼ぎに出て、だまされ、最終的にエイズで死んでいくような事例があることを知りました。当時19歳だった私と4歳しか違わない女の子が死んでいる。その子は死ぬ前に「学校に行って勉強って言うものをしてみたいな」といっていたそうです。本当にこ
のようなことが起こっているのであれば早く何とかしなければならないと思いました。
実際にカンボジアに行ってみて孤児院で一週間滞在し、寝食を共にすごしました。
国自体は非常に貧しい国なのですが、子供達の目はキラキラと輝いていました。復興発展していく状況の中で、明日に希望をもって生きているように感じました。
ところがこのすごくキラキラしている目が、児童買春によって奪われている現状も知りました。
別の孤児院では、児童買春の被害者のみを保護していました。私が訪ねていったときに、庭で10歳未満の子供がたくさん遊んでいるのを見て、最初は職員の子供が遊んでいるのかと思っていました。
しかし実際にはその子供達は児童買春をさせられていた子供でした。私が思っていた10代の子供は少なく、日本で言う、小学生や幼稚園児の子供が少し前まで売春宿で売られていたのです。
特に6歳と12歳の姉妹と仲良くなったのですが、彼女達も親の借金のかたに売られ、6ヶ月前まで売春宿にいたことを知らされました。電気ショックを与えられながら客を取らされていたそうです。
こういった子供達がカンボジア国内だけで8千〜2万人いるといわれています。そのほとんどが経済的に困窮したり、だまされたという理由です。
この姉妹と分かれるときに「あなたがいてくれてとても楽しかった、ここにずっといてくれればずっと楽しいのに」と言われ、人間的にうれしく思いました。妹や子供、姪御さんが売られたりするのは誰だっていやだと思います。私は彼女達を自分の妹のように思って、何とかしなければいけないと思いました。
NPO法人かものはしプロジェクト 帰国後、なぜそのようなことが起きるのか本を読み始めました。また、NGOの講演会に参加したりするうちに、児童買春問題に対する世界会議に日本の若者代表として参加するチャンスをいただきました。会議に参加して、日本の中でこの問題があまり知られていないことや、取り組んでいる人が少ないことを知りました。
実は世界会議に参加すると日本は非常に非難されます。アジア地域に一番買春者を出している国だからです。会議で発言すると、あなたの国はアジア地域に一番近く、一番買春者を出しているのだからもっとしっかり取り組むように と非難されました。日本国内でこの問題に対して活動しているNGOは非常に少ないですし、2001年当時カンボジアの児童買春について活動している団体はありませんでした。自分が見てきたあの子供達を助けるためには誰かを説得して一緒に活動するか、自分がやるしかない状態でした。
この会議のあとNGOに入り、半年間ボランティアを行い理事長に提案書を出したのですが、通りませんでした。じゃあもう自分でやるしかないと思った時にいまの共同代表の二人と出会いました。
その二人から「そんなに強く思っているなら社会的な起業でこの児童買春問題を解決できるような事業を一緒にしないか」と誘われました。
社会的な起業とは 社会問題を事業的に解決する会社です。彼らは社会的な起業をしたいと思っていましたが、解決したいテーマが見つかっていない状態でした。私はやりたいことが決まっているのに、何をしていいか分からない状態でした。この二人と出会ったことで2002年の7月に団体を発足しました。
当時20歳だった私は、人脈もないし経験もないしお金もないしどうしよう?と話したら、「人脈がなければある人に紹介してもらえばいい、経験がなければある人にアドバイスをもらって一つ一つ経験すればいい、お金がなければ、少しずつたくさんの人から集めればいい。想いを周りの人たちに伝えて協力してもらいながら早く一人でも多くの子供達を助けていこう」と説得されて、はじめることになりました。
実際の活動内容として、
アンコールワットの土産物屋ではベトナムやタイで作られたものが売られていて、現地のものはほとんどありません。そこで現地の大人たちに機械などを使わずに出来る仕事としてゴザを編んで小物を作る仕事をしてもらい、アンコールワットの土産物屋で売っています。
また将来をみこして、パソコン教室を開きパソコンの知識をタイピングから教えています。資金を得るためにIT事業部がホームページを受注しており将来的にはベトナムでその制作の一部を行ってもらうことによって事業として成り立たせることが目的です。
資金援助をいくらしても仕事が無い限り何時までたってもこの問題は解決しないと考えています。仕事を作り出すことによって親が家族が養えるようになれば根絶できると思っています。
かものはしプロジェクトは2008年度 200世帯1000人の子供を貧困と児童買春の被害から救います。
講話中に実際に売春宿を摘発する映像を見せていただきました。非常に痛ましい状況でした。
内容は隠しカメラで撮影している中、警察やNGO団体が乗り込んでくるというものでしたが。子供達は虐待、転売などされてきたため泣き叫び、逃げ惑う状態でした。客の前では泣いたり拒絶したりするとオーナーから殴るなどの酷い暴行を受けていたため、自分の感情がうまく表せない子供になってしまっていると説明していただきました。また、ここで保護されてしまうと借金が返せなく、親や妹が被害に合うため、逃げ出してまた戻ってくるしかないような子供もいるそうです。
このような非道なことが世界で行われていることに憤りを感じました。自分でもなにか手伝えることが無いか探して行こうと思います。
渋谷区倫理法人会 喜田
関連リンク:月々1,000から支援することが出来ます。
カンボジアの児童買春問題に取り組む NPO法人かものはしプロジェクト カンボジアの現在情報が載っています。
カンボジアだより シーライツ カンボジアでの体験が克明に書かれています。
ルイの国際協力体当たり日記